黒田剛監督(青森山田)の息子や家族は?wikiや経歴が気になる!

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今年の4月で34歳になるんですけれども、この年齢になると個人差はありますが仕事はそこそこの責任を与えられたりポストをいただいたり。

 

給料もきちんと仕事をしていればそれなりのものをいただけたりすると思うんですよ。

 

そこまで到達するまでには親っていう指導者がいるわけなんですよね。

 

『勉強しろ、塾いけ、あの学校いけ』

 

当時は散々言われて、結構腹がたった記憶がありますが今となってはその親が道を作ってくれたおかげで今の自分になったと思うんですわ。

 

『くそ、やってらんね』

 

っていって勉強とか投げ出してしまって偏差値20くらいになってしまった時がありました。

 

さすがにやべーと思って親に土下座して

 

『予備校行かせてください』

 

っていったら、

 

『仕方ねえ』

 

って言って100万ポンと出してくれたとき。あのときは大して親のありがたみとかわかりませんでしたが、社会人となって100万貯金するのがどれだけ大変なことか!

 

 

両親ありがたす。

 

 

そんな父親とともに今高校サッカー界で話題になっている人がいるんですよね。

 

 

それは青森山田高校黒田剛監督なのですが、この監督が気になりました。

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青森山田高校監督の黒田剛監督がすごい!経歴が気になる!

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一見普通のオッサンに見えるかもしれないんですけれども、なんとこのおじさん。

 

いやおじさんと言っては失礼だが、青森山田高校の監督の黒田剛監督なんです。

 

名前:黒田剛(くろだごう)

出身:北海道札幌市

生年月日:1970年5月26日

出身高校:登別大谷高校(現在は北海道大谷室蘭)

出身大学:大阪体育大学

 

経歴としては北海道内のホテルで勤務し、コーチなどの経験を経て1994年に青森山田高校のコーチに就任したのは25歳のときです。

 

 

2017年の高校サッカーでは決勝までチームを導いた監督なのでいろいろな経験を積んで監督になったかと思いきや、結構若い頃から監督になったみたいです。

 

 

現在青森山田高校の施設は現在では人工芝でかなりいい環境で練習などができるみたいです。144094876181939996179_img_7786

めっちゃきれいなグラウンドですわ。

 

今回は高校サッカー2017年で決勝まで進んでいるんですが、決勝の舞台は実に7年ぶり。

 

若いときに監督に就任して22年が経つのですが今回優勝すれば初優勝となります。

 

そして2017年1月9日に悲願の初優勝を飾ったんです。

 

 

実は北の方ってあまりサッカーが強くないらしく、青森山田高校が優勝すると一番北の方で優勝した高校になるんですって。

 

 

ちなみに高校サッカーで強いって言われているところは

 

 

帝京高校が1974, 1977, 1979, 1983, 1984, 1991に優勝

国見高校が1987, 1990, 1992, 2000, 2001, 2003に優勝。

最近では東福岡高校が1997, 1998, 2015に優勝。

 

 

こんな感じです。

 

 

青森山田高校もこれで優勝経験1となりました。

 

決勝戦では圧勝でしたね、

対前橋育英だったんですが、

前半23分 高橋

前半46分 嵯峨

後半12分 鳴海

後半14分鳴海

後半44分 佐々木

全て青森山田高校が得点して5-0

【高校サッカー決勝ハイライト】

 


 

青森山田の優勝に力を分けてもらった人も!



 

 

黒田監督も安心して試合をみれたでしょうね。

 

そんな監督の家族や息子もきになりますね。

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黒田剛監督の息子は黒田凱(がい)で青森山田!?
しかし、怪我で無念の。。。

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今回初優勝を果たした青森山田高校。
その監督の黒田剛監督の息子は同じ高校サッカー部の黒田凱選手なのです。

 

優勝校に監督の息子がいるなんて驚きですね。

 

やはり監督の息子ってだけあってサッカーの実力もかなりつけていたみたい。でも全国高校総体準決勝の流経大柏戦で左ひざの皿を骨折、さらに左ひざの腱も断裂して今回の大会には間に合わなかったんです。

 

ちょっとこれ悲しすぎますよね。
自分の父親と一緒に高校サッカー優勝を目指して頑張ってきたのにその実力がありながら決勝に出場できないなんて!

 

でもマネージャーの伊藤さんがいるんですがその姿をみて

「伊藤がチームを色々と支えてくれるのを見て、自分も選手としては無理だけど、サポートしてならチームの優勝のためにしっかり貢献できると思ったんです。

そこからは伊藤と二人でマネージャーをして、洗濯とか雑用が多いんですけど、裏方とかサポートをしながら、父さんを優勝監督にできるのが一番いい形だと、ポジティブに考えて実行に移しました」

この記事書いていてちと泣きそうなんですけれどー!

 

 

僕も小さい頃少年野球をやっていて監督の息子と同学年だったんですけれども、必ずしも監督の息子が選手として大成しているかと言えばそうではないのですが、

 

今回ばかりは決勝に出場できる可能性が十分あっただけに、悔いが残りますね。

 

 

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